「人間は自分が一番大切」?~ 社員や客先に対しての配慮の必要性

引き続き、昨年9月に中国で出版された安崎会長の著作「夢を蒔く」(中国語版は、中国側出版社の主張により「机械巨人小松 无所畏惧的信念」という書名となっています)の内容をピックアップして掲載いたします。

今日は「人間は自分が一番大切」という部分になります。安崎会長によると、社員や客先に対しての配慮の必要性として、社長を退任するときに考えたということです。

人間は自分が一番大切?

この表題には反発を感じる人が多いだろう。「自分勝手はいけない」「世のため、人のために生きるのが人間」というのが世間の常識だろう。
人の一生を考えてみよう。誕生、祝福されて生まれた人が大多数。それでも子供は親を選べない。人生は、親から受け継いだ遺伝子を元に、自分の努力を加えて切り開くものだ。
教育もそうだ。学校が自分を選ぶのではなく、親か自分が学校を選ぶ。仕事も同じだ。人間の寿命は長くて100歳、棺桶に入る時、我が人生は面白かった、と思える人は幸せだ。どのくらいの人が、そう思えるだろう?
自分が一番大切と考える人生は成功とつながるか? 答えは多分NOだろう。それでも私がこの表題を最初に持ってきたのには理由がある。
社長に選任された時、退任した時、共に「人間は自分が一番大切なのではないだろうか」という感想を持ったからだ。
株主総会を経て、取締役会で正式に社長に選任された時、世界中の顧客、従業員、取引先の数を思った。この人たちに対する責任は重いなと。特に従業員、普通名詞の従業員ではなく、それぞれの顔を持った1人ひとりの社員、その家族の幸福のための責任の重さをズシリと感じたのだ。彼らは会社のために働くのか?
取締役会で私の退任と新任社長の選任を決めた時、就任時から6年経っていたが、頭の中に、またこの感想が蘇ってきた。
私は世界中で働いている社員たちが、会社の事業発展のために働いてくれていると、錯覚していなかったか? 彼らは、「100%自分のために働いている」と考えて経営した方が正解ではなかったか?
正直のところこの問題に対する自分の答えは引退後の現在も分からない。失敗も成功もある社長の仕事を振り返ると、失敗の原因は、大多数の世の人々が「自分を一番大事だと考えている」ことを忘れた意思決定、人事等にあるように思うからだ。
「事業は人なり」の言葉通り、人をよく理解することが人の活用につながる。

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继续摘选分享去年9月在中国出版的安崎会长的著作《夢を蒔く》(中文版由于中国出版方的主张书名由《播种梦想》改为:《机械巨人小松 无所畏惧的信念》)里的内容。
今日分享“首重自爱”部分。据安崎会长说,这是他在退任总经理之际的感悟,即是经营者必须关爱体谅员工以及客户,这样才能做出利于他们的决定以及人事制度等等。

首重自爱?

或许这个标题会引起许多人的反感吧,因为通常“不可任性妄为”、“人,应该为世界、为他人而活”才是这个世界的常识。
然而,想一想人的一生吧。多数人被诞下、被祝福而来到人世,然而孩子却无法选择父母。人生之路,是以继承的父母遗传基因为基本,加上自己的努力而拓展开来。教育也是如此,学校不是由自己、而是由父母选择。工作也不一定完全如愿以偿。人的寿命,至多也不过100来岁,在人生暮年、行将就木之时,觉得自己度过了有意义人生的人,才是幸福的人。那么,有多少人能如此想呢?
把自己摆在第一位的人,能走上成功的人生之路吗?回答可能是否定的吧。即使如此,我也将这个定作了本章最初内容的标题,为什么呢?理由如下。
因为,在就任总经理的时候、在退任总经理的时候,我都产生了“人,不是自己最为重要吗?”的感受。
经过股东大会,在股东会议上被正式选认为总经理的时候,我心里想着遍及世界各地顾客、从业人员、交易客户的数目,感觉到对这些人的责任之重。特别是从业人员,感觉到他们不是这个普通的名词表现的从业人员,而是一个个拥有不同面孔的员工、更感觉到我肩上担子里还有一份沉甸甸的他们家族的幸福。他们会为了公司而努力工作吗?
在股东会议上决定我的退任以及新任总经理人选的时候、从就任时开始已经过了6年,然而脑海里却重新浮现了这种感想。
全世界的小松员工们都在为公司事业的发展而努力工作,这是不是我的错觉呢?是不是认为他们“100%在为了自己而工作”才更有利于经营呢?
说实话,对于这个问题,直至今日我也没有得出明确答案。不过回顾自己既有失败也有成功、作为总经理的工作历程,我感觉到,失败的原因应该在于大多数的世人在做决策以及人事决定时都忘记了“认为自己最为重要”这个事实。
企业,以人为本。作为经营者,必须先做到设身处地为人着想、理解他人,才能吸引人才、拢住人心、才能人尽其才。

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