中国寧波での講演レポート(2)~日中草の根交流活動

寧波での講演レポート(2)~日中草の根交流活動

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寧波の講演会で感じた第二の印象は中國民間企業の熱心な学習態度です。TQC、TQMに対する真剣さが1980年代とまったくちがうと実感しました。

私は1973年、当時の小松社長、河合良一さんに日中国交回復記念に小松ブルドーザの技術提携、中國での国産化支援をやりましょうと社内で提案しました。河合社長は私がコマツに入社する以前からLT貿易など日中民間交流に熱心だった日中交流の井戸を掘った人達の一人です。当時課長時代の私は竹のカーテン内部の毛沢東の大躍進政策、人民公社、文化大革命の詳細は勿論良く分かりませんでしたが、中國ビジネスの第一線の担当でもあり、中國研究者との付き合いもあったためこのころの中国の政策の変化を漠然と感じ取っていました。現金でブルドーザの買い付けをする交渉相手にお金が足りないなら、長期延払いを利用するのはどうですか?と提案するたびに、中國は自力更生が国是です。あなたたち外国の援助は不要です。と今までは、きっぱりと拒絶されていた反応が少し変化し、延払いとはどういうことか教えてくれという人が現れるようになったのです。建設機械を我々から買う中国側窓口の人たちが漏らす言葉からお金があれば国土開発のために必要となるブルドーザはいくらでも買いたいのだ、中国製の機械はあるのだが、コマツのようには働かないという話もひそかに聞きました。こんな話がばれたら国家機密の漏洩に当たるのが当時の中国の事情でした。

このような時代の私の提案はまず日本で社内の反対にあいました。欧米アジアに進出したばかりの海外事業本部は中国などに今付き合ってはいられない、当面の重点市場に全力投球すべし。中国事業を長年やってきた先輩は国産化など提案する前にもっと輸出で稼ごうぜ、外国援助を受けるはずがない。

河合社長は社外の専門家によく聞いてみようと興味は示されたものの、慎重でした。ある日、社長室に呼ばれました。倉敷レーヨンのビニロンプラントの輸出事情に携わった人や、大久保さんという当時の日中交流専門家の話を聞いてみた、二人とも提案を出すことは面白い、と言ってくれたよ。やってみるか。私は喜んで、宛先を当時の交渉相手の総裁とし、河合良一社長の名前で長文の提案書を書き上げました。中国の社会資本建設に必要と思われるコマツのブルドーザの技術供与を提案します。その目的、条件、工場建設への協力姿勢はこれこれです。設計図面の供与のみならず、生産管理・品質管理の指導研修にも協力しますという内容です。機械輸出入総公司 程継賢 総経理あてとしました。

すぐ総経理から返事が来て交渉相手はわが機械輸出入総公司ではなく技術輸出入総公司となります。この相手との技術交流を始めることになりました。この時なぜかTQCの話は進まなかったのです。製造業においてTQCの大事さの理解が今回と当時とで全く違うという私の冒頭の印象の背景を記しました。(続く)

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中国宁波讲演报告之(2)~日中草根交流活动

本次宁波讲演会给我的第二印象是中国民间企业那热心的学习态度,他们对于TQC、TQM的认真劲头与1980年代相比不可同日而语。

1973年,我向当时的小松社长河合良一先生提出了为纪念中日外交关系的恢复,与中国进行小松推土机的技术提携、并支援产品在中国现地国产化的建议。河合社长是将在我进小松前就热心于LT贸易(*)等中日民间交流的井戸先生挖来的人之一(*LT贸易指1962年中日之间基于《中日长期贸易综合协定》,在两国无正式邦交的情况下,互建联络处,利用政府担保资金进行的半官半民的贸易活动。“LT”来自中方代表廖承志、日方代表高埼达之助英文名的首字母。1968年后改称MT贸易)。当时尚是课长的我虽对竹幕内部的毛泽东的大跃进政策、人民公社、文化大革命的具体情况不甚了解,然而由于身为中国相关事业第一线的担当,且与中国研究者有些交集,所以也隐约感到了点中国政策方面的变化。以前我每次对推土机购买方提议,如果资金不够,可以选择长期延期支付方式时,对方都会说中国以自力更生为国策,不需要你们外国的援助。而后来我感觉购买方的回应逐渐发生了变化,出现了不是断然回绝而是咨询延期支付方式详细内容的购买方。从购买我方建设机械的中方人员语气中我得知,国土开发需要推土机,只要资金没问题,多贵都想买,进而还暗中得知中国虽有国产机械,性能却赶不上小松产品。这类话在当时若是公之于众,属于泄露国家机密,只可暗中意会了。

我在那个时代的提案首先在日本公司内遭遇了反对。有人说海外事业本部刚刚着手进出欧美亚、不该去和中国等打交道、应该瞄准重点市场全力投球。也有长年担当中中相关事业的前辈说,提出在中国搞国产化等建议之前应该扩大输出多赚钱、况且中方也不会接受外国援助。

河合社长虽对我的建议饶有兴趣,却颇为慎重、说要仔细听听公司外专家的意见。有一天,我被叫到了社长室,他说他听取了仓敷人造丝公司的维尼纶成套设备相关人员以及当时的中日交流专家大久保先生的意见,二人都说我的建议颇有意思,做做看吧。我很高兴地用河合社长的名义、起草了以当时交涉方总裁为收信方的提议书。内容包括,愿与中方达成小松推土机技术提供协议、为中国的社会资本建设出力、目的、条件、工厂建设方面的协作等等。协作内容不仅包括设计图的提供、还包括生产管理以及品质管理的相关指导及研修方面。提议书的收信方为机械输出入总公司程继贤总经理。

很快对方总经理的回信就到了,我们被告知交涉方不是机械输出入总公司,而是技术输出入总公司。那之后我们便开始了与对方的技术交流。然而不知为何,有关TQC的话题未能进一步深化。正如文首所言,对于TQC在制造业的重要性的理解,幸而现今终得深化,与那时不可同日而语。(待续)

中国寧波での講演レポート(1)~日中草の根交流活動

寧波での講演レポート(1)~日中草の根交流活動

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11月19日寧波で民間企業経営者向けの講演会があり、講師の一人として参加してきました。

私の前に話した中国の経済学者は、中国の民間企業はまだ実力不足で頑張りが足らない、アリババなど大発展のように見えるが、国の規制が強い隙間をうまく突いているのと、人口が多い市場に恵まれているだけで、真の技術革新、ビジネスモデルの創生にはまだまだだと、厳しい指摘をしていました。

私は、1990年初めのころ、バブル崩壊後の日本企業がどんな考えでグローバル競争に立ち向かっていたかを話してきました。02
足元の短期的課題解決ばかりに惑わされず、企業風土の改革、人材育成、コーポレートガバナンスの強化に取り組んできた具体的な話には、多くの質問が飛び出しました。
現在の中国民間企業にとってこのころの日本企業の対応の事例は参考になると好評でした。
また来てくれと言われましたが、生きていればね、と応じてきました。(続く)08

中国宁波讲演报告之(1)~日中草根交流活动

11月19日,我作为讲师之一,参加了在宁波面向民间企业经营者实施的讲演会。

比我先发言的中国经济学者极为严厉地指出,中国的民间企业尚实力不足、且努力不够,阿里巴巴等企业看似取得了极大的发展,然而那不过是极为巧妙地钻了国家规章制度方面的空子、享受了拥有众多人口市场的恩惠而已,而真正的技术革新以及商业模式的创新及成长都远远不够。

我在讲演会上以1990年初,泡沫经济破灭后的日本企业如何调整思路以应对全球化竞争为主题进行了演讲。
小松没有在寻求短期性课题的解决方法中迷失方向、而是致力于企业风土的改革、人材培育、企业控管的强化,这些具体话题引发了听众们接二连三的提问。
对于现今的中国民间企业而言,那时日本企业的对应事例具有参考价值,因而颇受好评。
会议主办方希望我以后还能再去,我回答说,行啊,如果那时还活着的话。(待续)

明日中国浙江省寧波へ~日中草の根交流活動

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明日寧波へ~日中草の根交流活動

11月18日から寧波に出かけます。ここは、聞くところによると民間企業かが多く成功している地域のようです。彼らを聴衆とする会に講演を頼まれてい行きます。安崎暁は、2010年、「日本型ハイブリッド経営」という本を日本で友人と共著の形で上梓しました。2014年中国で“聚変”(ハイブリッドの意訳)という本を中国語で出版しました。前著の私の執筆部分のほか、日本の雑誌、新聞等の関連記事を中国語に翻訳の上、編集したものです。安崎暁グローバル企業発展研究会の中国人の友人達が翻訳、編集してくれた本です。この本を読んだ人たちの何人が、私に中國に来て話してくれ、日本に行くから話してくれと言ってきます。今回の寧波もその件で行きます。

お互いに両国政府、政治の話はいたしませんが、仲良くなるとお互いの草の根ベースの批判もやり取りに入ってきます。最近のトピックは私がグローバルに中国企業が発展するには、中華思想で押しまくるだけでは難しいよと言います。中国人の友人からは、日本は一党独裁の良さを取り入れるべきだと批判されます。長いこと議論して、やることが分かっているのに、実行ができない、遅い、これが最近の日本の停滞の原因だよ。この辺の本音の議論は面白いですね。

また私は論語と算盤という話もします。グローバルに発展する企業はこの二つをマスターせねばならない。もともと二つとも中国生まれだが、最近では、日本が論語を経営に取り入れ、経営倫理、コーポレート・ガバナンスにうるさい、算盤の腕はどうか、最近では中国の方が上手になったかなどと議論しています。寧波でどんな話が出てくるか楽しみです。帰国後様子を報告しましょう。

明日出发去宁波~日中草根交流活动

11月18日出发前往宁波。据说这个地域的民间企业成功颇多。这次便是受托以他们为听众的讲演而去。本人安崎晓于2010年在日本和友人共同执笔出版了书名为《日本型ハイブリッド経営》的著作。2014年在中国出版了中文版《聚変》(ハイブリッド的意译)。译著内容是由参与安崎晓跨国企业发展研究会的中国友人们对原著里我的执笔部分、日本的杂志、报纸等有关报道进行翻译、编辑而成。之后,这本译著的几位读者联系我,希望我去中国讲演或者针对访日人员讲演。本次的宁波之行便是如此。

双方将不进行关于两国政府、政治方面的会话,但是会以草根交流方式进行一些相互批判性的对话活动。在最近的话题里,我曾指出,中国企业若是惯于仅仅把力气放在推行中华思想上面,这必将给企业的全球发展增设难度。而中国友人却反驳,日本该吸取一党独裁的益处。长期议论不休、知道该做什么却不能实行、慢吞吞、这些都是最近日本停滞的原因所在。我感觉这些方面开诚布公的讨论颇有意思。

我还会谈谈论语和算盘。对于追求全球发展的企业而言,这两者缺一不可。这两者原本都诞生于中国,是日本将论语的理念与经营理念融合在了一起,不过近来关于经营伦理、企业管制的说三道四、比如算盘之术如何啦、最近中国更为擅长了等等各类声音纷纷扬扬。这次在宁波会有什么样的话题出笼呢,拭目以待、回国后报告吧。

桂歌丸さんが“笑点”司会者引退、後任司会者の若返りを推進

桂歌丸さんが“笑点”司会者引退、後任司会者の若返りを推進

日本のテレビに”笑点”という落語家たちが出演する番組がある。何かを聞かれて即座に回答する落語家たちの頓智を披露する番組である。うまい回答には司会者がご褒美として座る座布団を一枚余計にくれる。10枚も溜まると時々海外旅行とかの賞品がもらえる。50年以上前から、司会者、出演者が代わりながらも長く続いている人気番組だ。病気や高齢には勝てず最近、司会者の桂歌丸さんが惜しまれながら引退し、春風亭昇太さんに代替わりした。引退した歌丸さんが、10月22日の朝、ニッポン放送の徳光和夫さんの番組に出て対談しているのを聞いた。後任の司会者に一般の視聴者の大半が予想していた、円楽さんではなく、昇太さんを指名した経緯を聞かれてこんな返事をしていた。会社の社長や役員の指名とはまた違った趣の話として興味深く聞いたのでご紹介する。

「自分は前任の先代円楽さんの後の司会者として出演回答者の中から選ばれた。先代円楽さんとは大の親友だった。50年の間に噺家以外の人が司会者となったこともあったが回答者の経験からすれば噺家が司会者の方がやりやすかった。今の円楽さんは人気者で経験豊富だが、彼は回答者の中で悪役を務めてくれている。実は先代円楽と自分が相談して今の円楽に、お前は悪役に徹しろと頼んだのだ。今の円楽は腹黒いと冗談に言われているが、実際は気の良い真面目人間だ。司会者という主役が脇役である回答者達に助けられて番組の面白さ人気が成り立っている。若返りを図るには昇太が適任、脇役の中心人物円楽を回答者に残すのが番組にとっても最善と思い局にそう告げました」前にこの番組に出演した今の司会者昇太が徳光さんに頼んでいた。”歌丸さんにぜひ聞いてもらいたいことがあります。今の回答者の内、「黄色」が私の言うこと聞かないのです、どうすれば言うことを聞かせられるでしょうかと。” 歌丸さん即座の返答、”それは、座布団をやらなければ良い。座布団なしでは足が痛くなって2週間も座っていられないよ”」

コーポレート・ガバナンスの議論が盛んだ。社外取締役中心の指名委員会が次の社長を決めるべしという議論もある。噺家同士にはそれなりの”間ーま”がある、よそから社長を連れて来てもうまくいかない例が多い、日産自動車のカルロスゴーンも塙さんという前の社長が探した人だ。一脈通ずる感じがした。脇役が主役を引き立たせる影の主役だという話も社長と社員の関係に当てはまる。座布団は信賞必罰に通ずるか。噺家、芸術家、家の付く人は課長、部長、社長、長の付く人より人を引き付けるものが多いようだ。政治家と政治屋は違うか。

桂歌丸先生卸任“笑点”主持人、推进后任主持人的年轻化

日本有个由落语家(相似于中国的单口相声)出演的电视节目,名为“笑点”。这个节目是一个为落语家提供即问即答、充分展现自己机灵智慧的平台。一遇巧妙的回答,节目主持人就会奖给落语家一个座垫。有的节目,连获10个座垫兴许还会获得海外旅行的奖品。这个节目经历了主持人更替、众多出演者轮流登场,星转斗移,持续已达50年还长盛不衰。可惜,最近主持人桂歌丸先生由于不胜病疼及上了年纪而引退,由春风亭升太先生接替。引退后的桂歌丸先生在10月22日清晨出演日本电视放送徳光和夫先生的节目与其对谈。对谈中针对半数以上的一般电视观众估计他的后任将是円乐先生,然而他却提名升太先生有何缘故的提问做出了回应。这种提名不同于公司的社长或者董事的指名,因而我颇感兴趣地认真听了他的回答并介绍如下。

“继前任的先代円乐之后,我是从出演回答者中被选中为主持人。我和先代円乐是大亲友。在50年里,虽说也有落语家之外的人担任主持人,但是从回答者的经验看来,还是落语家做主持人对节目的运行更为有利。现在的円乐很有人气、并且经验丰富,在回答者中他扮演反派角色。事实上,我曾与先代円乐商量后,对现在的円乐说你就彻底扮反派吧。有人开玩笑说现在的円乐一肚子黑水,然而实际上他却是位行事认真的好人。主持人作为主角与作为配角的回答者们相互辉映,节目而得以妙趣横生、受人青睐。从年轻化角度考虑,我认为升太适合担当主持人,而将配角里的中心人物円乐留在回答者里对于节目来说是一个最好的抉择,因此我向电视局提出了我的意见。”以前出演过这个节目的现任主持人升太曾向徳光先生求助:请您一定问问歌丸先生。现在的回答者里的“黄色”不听我的话,该怎么做才能让他听我的话呢?歌丸先生即刻回答:那简单,别给他座垫就行,他要是没有座垫,脚会疼、并且2周都没法坐。”

这个节目让我联想到曾热议过的企业控管,那时也曾针对如何选任下任社长的问题讨论过,是否该由以公司外部董事为中心的指名委员会来决定。诚如落语家在话来话往中需制造最佳间距并将其用到绝佳火候才会妙趣横生一样,作为公司贸然从外面弄个人进来做社长结果往往不遂人意之事不乏其例。而日产自动车的卡洛斯•戈恩为前任塙社长发掘而来,因此给人一脉相承之感。扶持主角的配角至关重要,可谓影子主角,我认为这点也适用于社长和员工之间的关系。用好座垫是否能做到信赏必罚呢?比起课长、部长、社长这些带“长”字的人,落语家、艺术家、带“家”字的人里似乎以辉映他人为己任的人物更多。不知道政治家和政客又如何?

老害は世界のあらゆる分野で退治しなければ—老壮青の融合

老害は世界のあらゆる分野で退治しなければ—老壮青の融合

8月31日に日本人の若者と会いました。29日に孫さんの会合があり二日続きで刺激を受けました。05

私の頭にいつもあるハイブリッドの考えの一つに年代の老壮青の融合がある。自分は高齢者に分類されるだろうが、意図して老人仲間との付き合いのみならず青の若者世代との会合にも出かけて彼らとの付き合いも大切にしている。

 

8月29日に和華の会合で自分の来し方を話してきた。日中両国の若い世代の人達が話し相手である。たまたま友人に誘われて翌日の8月30日に今度は日本の学生達数人を相手に彼らのNPO活動参加の考えなどを聞いてきた。02

 

青年世代は日中両国とも我々老世代の実像には詳しくない。1950年代から中国に関心を持ち続けてきた私の話は、両国の若者にとって歴史の一齣を自分の耳で聞くという珍しさがあるだろう。また日本の高度経済成長を身をもって体験してきた我々の仲間たちの実体験は自分が生まれる前の歴史を当事者から直接聞くという面白さがあるだろう。

翻って私の二日間の体験から得た若者像は次のようなものだ。

1.中国の若者の方が前向きでずうずうしいぐらい力強い、日本の若者は優しいがひ弱い。こんな私の先入観が覆された。
懸命に生きようとする両国の若者にさほどの一般的違いがない、という事実の発見ができた。話し相手が社会から学びたい、世のために働きたい、という気持ちの強い若者エリート層だったからだと言い切れない気がした。03

2.理想と現実のはざまで問題をどう解決していくのかと、いう方法論には、個人差が当然ある。我々の時代でも外側から堂々と改革に立ち向かう人達と、私もそうだったが、内側で改革に全力を尽くすほうが現実的で効果的という人に別れた。どちらでもよい。信ずるところに従ってがんばれと言ってあげたい。

3.老と青、世代間の対話は社会の発展に重要だが、老世代が政治経済の分野で支配力が強すぎるのはこの障害になる。04

日本で国会の政治家の若返りは少し進んだが地方はまだまだ。経済界は遅れている。40代や50代の社長がもっと増える方が改革が進むのではないか。

老害は世界のあらゆる分野で退治しなければ。

アメリカの大統領候補が二人とも老人なのは世界が歓迎していない。内政干渉はできないのだが。壮年世代がリードし、老青両側とのハイブリッドのバランスをとるとが望ましい。

日本では政治の優先課題が選挙を意識しすぎて老人優先、若者軽視となっているのがうまくない。実際に老から青に優先度を移していくことに反対する老人は少なくない。選挙の結果を怖がる政治家の現実感覚が古くなりかかっていないだろうか?

老害须从世界所有的领域清除—老壮青之融合

继8月29日孙桑组织的交流会,30号又见了几位日本年轻人,连续两天颇受了一些刺激。

老壮青的融合,这个混合型思维之一已经常年扎根在我脑海里。我虽已属高龄者,却并没将自己的交往范围固定在老人朋友圈,有机会也与一些年轻人会合,我认为与他们之间的交往是弥足珍贵的。

8月29日我在和华组织的交流会上,向日中两国年轻人介绍了自己的过去和现在。出于偶然,受朋友之邀翌日的8月30日又见了几位日本学生,就参加NPO活动方面听取了他们的意见等等。

日中两国的年轻一代,对我们老一代的真实情况知之甚少。于两国青年而言,亲耳从我这样一位自1950年代开始就始终关注中国的老人讲诉一些历史片段,应该是件新奇的事情。另外,了解从日本的高度经济成长期一路走来的吾辈身体力行的经验,从当事者那里直接听讲自己出生前的历史,想来对他们来说也该是件颇有意思的事情。

回顾这两天的体验,青年们留给我的一些印象挥之不去,略记如下。

1.我本认为中国的青年有些毫无顾忌的强劲,而日本的青年比较和善而显孱弱。然而这两天的所见所闻却颠覆了我这个先入观。因为我发现一个事实,那便是两国的青年都一样地拼搏,这点并无什么差异。与我交流的年轻人说想从社会学到东西、为世界而工作,其强烈的志愿让我深受感染,看来远大志向并非年轻精英层的专利。

2.在理想和现实缝隙里的问题该如何解决,这个方法论当然是因人而异。在我们那个时代,既有从外到里大刀阔斧实施改革的人,也不乏有我这样认为竭尽全力实施内部改革才更现实更能取得成效的人。其实两者不分优劣,信则灵,信哪个便竭尽全力实践则可。

3.老与青、不同世代间的对话于社会的发展至关重要,而老一辈在政治经济领域的支配力太强却会成为社会发展的障碍。
在日本,国会政治家的年轻化稍有进步,但是地方上还不行,经济界也尚落后。40多岁或50多岁的社长增多了,改革才会前行。
老害须从世界所有的领域清除。
美国两位总统候选人都是老人,我认为这不会被世界所欢迎。虽说有点干涉内政之嫌,我认为让壮年一代为首,两侧配以老、青,如此混合型的布阵才更为平衡更为理想。

日本也在政治优先课题上过于注重选举,因而也呈重视老人、轻视青年的不良状态。
事实上反对将优先度从老转青的人也不在少数。
唯恐选举结果不佳,这种政治家的现实感难道不陈腐老朽吗?