まえがき~「夢を蒔く」から

 9月に中国で出版された安崎会長の著作「夢を蒔く」(中国語版は、中国側出版社の主張により「机械巨人小松 无所畏惧的信念」という書名となっています)の内容を抜粋してきました。
 主に、正文から中国にかかわるコンテンツを数回ピックアップしてきましたが、内容がばらばらになってしまっているので、少し体系的にできるのかと考えながら、ページをめぐるとまえがきや序章にに辿り「これです!」と思いました。
 そして、今日は、途中から一旦最初に戻り、まずまえがきを掲載しましょう。

まえがき

 本書は中国における私の二冊目の出版である。2014年に上梓した第一冊目の本が取り持つ縁があって、2016年秋、寧波の健峰管理技術研修中心(VMTA)で私が講演した後に、第二冊目の本書出版の話が持ち上がった。中国の民間企業経営者、経営管理者を読者と想定し本書を書き上げたが、編集、翻訳、調整の仕事を手伝ってくださった協力者のおかげでこのほど上梓の運びとなった。関眞次さん、高暁慶さん、孫秀蓮さんのご協力に心から感謝します。挿絵を描いてくれた11歳の孫の土屋康太郎にも感謝したい。皆さん有難うございました。
「江碧鳥逾白 山青花欲然 今春看又過 何日是帰年」――これは、杜甫の詩である。本書中に記した如く、私の中国への関心は祖父に教わったこのような唐詩から始まった。大学入学後の1955年、第二外国語として中国語を選択した。今から60年以前の日本人大学生としては、極めて少数派の珍しい選択であった。
 将来中国と関わりの多くなりそうな会社に入りたいと希望していた。偶然の結果であるが、1961年小松製作所に入社した。仕事では、国内外の顧客を駆け巡り70か国、数百回の出張を繰り返した。途中で管理部門の仕事も経験したが、幸運も手伝い1995年に小松製作所第八代の社長となった。20世紀、1960年ごろにはまだ小さかった日本の「小松」は21世紀にはグローバル大企業へと発展した。
 こうして、「日本の小松」は「世界のKOMATSU」となったのだ。だが現在も「世界のKOMATSU」、そして「日本の小松」であることに変わりはない。現役の社長の時代、グローバル化が進行する中で、小松はグローバル企業として、無国籍化するのか、単に多国籍化するだけなのか、日本国籍を持ち続けるのか?コマツのアイデンティティを何に求めるのか? コマツという会社は何者なのか?
 かなりの期間、この難問に対する答えを色々な角度から考え続けていた。市場、投資家、顧客、世界中の従業員、協力工場、ディーラー、メデイアはどう見るか? 次の時代につながるのか? コーポレート・ガバナンスの視点からも、会社のアイデンティティは明確でなければならない。
 たどり着いたのが、「品質と信頼性」という言葉。商品とサービスの品質と信頼性は自明のこと。事業そのもの。経営、役員・従業員、すべての「品質と信頼性」を高める会社であり続けるという気持ちを込めて社内外に発信した。「日本の小松」だからこそ、「世界のKOMATSU」たり得るのだという答えだった。
 学者ではなく、実戦派の経営者として過ごしてきた私には、現代の経営者に教えられることは何もない。時代も違い、経済環境も大きく変化し続けている。だが、グローバル化の歴史を民間企業の視点で眺めれば、日本企業の歴史を、中国の現在の民間企業が参考にするヒントがあるだろう。
 本書に書いた私の余生三等分主義の第一部門、「世のため人のため」の活動の大半を日中関係、それも日中民間草の根交流に割いているのは、以上のような中国に対する私の思い入れからだ。教えることはできないが、20世紀末から21世紀にかけての日本企業の成功と失敗の実際を率直に語れば、発展段階に共通点のある今の中国民間企業の経営者、経営管理者になにがしかのヒントが与えられるはずだと思うことができた。私が身をもって体験し遭遇したグローバル大競争の実態、私の50年に亘る中国との関係、特に中国経済の公平な観測者の視点も本書の記述のどこかに反映される。
 当然のことながら、私は中国だけで仕事をしたのではない。出張回数が多いのは、日本の地方、アメリカ、ロシア、その次が中国だ。中国の北京、上海だけでなく、辺境の各省、観光地にも足を延ばした。出張回数はアジア諸国、欧州諸国が中国の次で中南米、アフリカ、中近東は多くない。世界を見る視点で中国を見る、日中関係を両国だけの関係で見るのではなく、日米、日ロ、日本とアジア諸国との関係を考えるのと同様に多面的に見るのが私のやり方だ。
 経済学で学んだ“Cool Head、Warm Heart”、つまり、強い関心を持ちながら、冷静に考えるというのと同様だ。本書の読者たちと中華料理、日本料理を食べながら、中国や日本で会話が弾む機会が持てれば望外の幸せである。
 尚、言うまでもないが、本書の内容はすべて、安崎暁個人の考えであり他の人、小松という会社の考えではない。古いことを思い出しながら書いたので正確な事実、記録と異なる点があるかもしれない。事実との相違、記憶の間違いは、80歳という高齢に免じてご容赦願いたい。

                                     安崎 暁
                                    2017年1月

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 本博连续几次摘选分享了9月在中国出版的安崎会长的著作《夢を蒔く》(中文版由于中国出版方的主张书名由《播种梦想》改为:《机械巨人小松 无所畏惧的信念》)里的内容。
 摘选内容主要是与中国有关的部分,不过觉得有点杂乱,一边考虑怎么理顺一边翻书,当翻到前言以及序章时猛然感觉“就是这里了!”。
 因此,今天从途中且回到本书的开头,先分享“前言”部分的内容。

前言

 本书是我在中国出版的第二本书。在2014年第一本书出版后,2016年的秋天我应邀赶赴宁波的健峰管理技术研修中心(VMTA)演讲之后,关于第二本书出版的话题便被提了出来。这本书是为假想中的读者、即中国的民间企业经营者、经营管理者而写就,承蒙编辑、翻译、以及各位协作者的配合,本书才得以出版。在此对关真次先生、高晓庆女士、孙秀莲女士以及为本书制作插图的我11岁的孙子土屋康太郎的协助表示衷心的感谢。谢谢大家。
 “江碧鸟逾白,山青花欲燃。今春看又过,何日是归年。” 这是杜甫的诗。正如本书中记载的那样,我对中国的兴趣,是在向外祖父学习唐诗的时候就开始萌发了。在大学入学后的1955年,我选择了中文为第二外语。作为距今60年以前的日本大学生,做出这个选择实属罕见。
 当时我希望将来进入一家有可能与中国产生密切关系的公司。就结果而言,纯属一个偶然的机会,我于1961年进入了小松制作所工作,自此便马不停蹄地奔忙于国内外客户之间,出差多达数百次,到过70个国家。中途也曾被调到管理部门工作,受老天眷顾,在1995年成为小松制作所第八代总经理。可喜的是,20世纪1960年前后规模尚小的日本的“小松”,到21世纪已经成长壮大成了一家全球化规模的大型企业。
 如此,“日本的小松”已经成为了“世界的KOMATSU”。但是,即使是到了现今,“世界的KOMATSU”,也依旧还是“日本的小松”,这一点并没有发生变化。我在担任总经理、在经济全球化发展的时代就开始思考,小松是作为全球企业无国籍化呢?还是多国籍化?或者继续保持日本国籍?如何为小松的身份定位?小松应该是一家什么样的公司?
 我花费了相当长的时间,站在各种各样的角度思索着对这个难题的回答。市场、投资家、顾客、遍及全世界的员工、合作工厂、经销商、媒体又是如何看的?怎样才能实现小松的持续性发展、将其传承给下一代?从公司治理的视点来看,也必须为公司的身份明确定位。
 最后我得出的回答,一言概之,是“品质与信赖性”。商品和服务的品质与信赖性,一目了然,即是事业本身。而我认为这远远不够,我还希望小松能成为一家坚持不懈地致力于提高经营者、董事和员工在内所有元素的“质量与信赖性”的公司,抱着这样的期望,我向公司內外发出声音,给出了我的回答:小松,正因为是“日本的小松”,才能成其为“世界的KOMATSU”。
 并非作为学者,而是作为实战派经营者的我,才疏学浅、没有什么能够教授给现代经营者的东西。因为时代既不同,经济环境也不断地发生着变化。但是,站在置身于全球化历史长河之中民间企业的角度来看,日本企业的历史,对于现在的中国民间企业,其参考价值成许还能发挥一定的启示作用。
关于在本书中我的余生三等分主义的第一部分记载的“为世界、为他人”的活动,其大部分之所以都与日中关系、与日中民间草根交流有关,就是源于上述的我的中国情节。虽然我没有什么东西可以传授给现在的中国民间企业的经营者、经营管理者,然而我想,通过真实地讲诉从20世纪末到21世紀的日本企业的成功及失败的实例,或许能够为他们提供点什么有用的启示、帮助他们应对在发展阶段面临的共同课题。在本书的不同章节里,我记下了我亲身经历过的全球大竞争的实际状况、我与中国长达50年的关系,特别是作为一位公平观察者对于中国经济的的看法。
 当然,我的工作并不是只限于中国。按照出差次数的多少排列,是日本各地、美国、俄罗斯,其后是中国。不仅去了中国北京、上海,足迹还曾踏及边境各省、以及旅游观光胜地。出差次数次于中国的是亚洲各国、欧洲各国,中南美、非洲、中近东则相对较少。得益于这些经验,我养成了站在全球立场看中国、看日中关系不仅仅局限于从两国的角度,而是如同看日美、日俄、日本与亚洲各国关系那样,从多种角度去看的方式方法。正如我学到的经济学知识“Cool Heads,Warm Hearts”所言,在看问题做事情时,我们不仅要具备强烈的关心,还需要具备冷静的头脑,期待将来某一天能与本书的读者一边愉快地品尝着中华料理、日本料理,一边热烈地进行交流。如果有这样的机会,于我是一份意外的荣幸。
 另外,不用赘述,本书的内容都是安崎晓个人的观点,并非小松公司的观点。因为是一边回忆往事一边写就,也许存有与事实、记录不同的地方。若发现与事实的不符之处以及记忆的错误,敬请谅解一位80岁的高龄人士。

                                      安崎 暁
                                      2017年1月
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