企業家“老兵”は死なず、消え去るのみ。日中交流先駆者“老兵”は消え去りもしない。

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企業家“老兵”は死なず、消え去るのみ。日中交流先駆者“老兵”は消え去りもしない。

本研究会は2013年7月に成立してから、徐々に活動の場をネットから現実社会へも移り、2014年年末に向けていくつかの団体と横連携し日中交流活動を積極的に行ってきました。

どちらの活動も大変活発で有意義でしたが、特筆したいのはまずブログ等の電子記録だけでなく立派な出版物「聚变」という本を作りだした上海側出版社の活動です。この本を出版後いくつかの交流会で煉瓦として投げて、玉をたくさん引き出せました。

もうひとつ特筆したいのは日本側の日中民間交流誌「和華」です。和華は2013年10月に中国人留学生が創刊した季刊で大勢の日中友人に支えられ第4号の発刊時に、ISSNを取得し、多くの日中交流機関、大学、国立国会図書館等に受け入れてもらうようになり、読者層は100%近く草の根でサラリーマンから元首相までかなり広げてきました。
和華は創刊後、第2号と第5号に本研究会安崎会長のインタービューを載せました。第5号のインタービューも好評を受けているので、本研究会のブログサイトに残すことになりました。

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和華:早速ですが、先生はコマツ社長などを引退後、著作活動や日中交流促進などで大活躍さていますね。しかし、現役引退は早すぎたのではありませんか?引退後のご活動をぜひ聞かせてください。
安崎:「現役引退」という言葉になじまない職業があり芸術家はその最たるものだ。一般の公務員、会社員には普通、定年制度があり、組織のトップの引退についても様々な考えがある。死ぬまで現役という人も立派だが、私の場合、現役の間は目一杯頑張る、引退後は過去の栄光は追わない主義だ。この主義が良いと思う理由は下記の通り二つある。
1.住友の第二代総理事 伊庭貞剛(1849~1926)の言“事業の進歩発展に最も害をなすものは、青年の過失ではなく、老人の跋扈である”に同感し早く引退し現役の仕事の邪魔をしないことに決意した。
2.社長就任前の1990年代初期、社内に90年代委員会を設置した。会社の21世紀の発展のために“今何をなすべきか”を当時の若手社員とともに議論した。この時ビジョン・知恵・経験十分と自負していた自分が、若さ・馬力はもう不足していると実感した。事業の運営には、老壮青のバランスが重要だと認識させられた。人を活かすハイブリッド経営の視点の一つだ。
そういう訳で、私の引退後の生活は、自分のエネルギー、時間、コストを世のため・人のため、家族のため、自分自身のために三等分して社会への関心を失わず、家族を愛し、自分にも忠実に楽しく暮らすことを目標としている。
日中関係、故郷徳島、教育などの応援が私流の世のため人のための活動であり、引退後の社会との接点となっている。和華の支援、著書の中国での出版も草の根日中交流を目指す私の気持ちに沿っている。

和華:世のため・人のため、家族のため、自分自身のためという“三等分”式引退生活は、“Win-Win”という2Wを超越した“Win-Win-Win”という3Wのご立派なライフスタイルですね...では、次のご質問ですが、ご著作「日本型ハイブリッド経営」とその中国語編訳版の「聚变」を拝読しましたが、経営者としての安崎先生は引退後著書を始めたきっかけ、或いは目的は何なのでしょうか?
安崎:ちょっと長い話ですが…短く話そう。まず、グローバル大競争時代、エンロン、リーマン事件に垣間見られる欧米流企業経営管理における“金融資本主義”及び“利益第一主義”に何らかの修正が必要であり、そのため東西文明の融合に努めてきた“日本型ハイブリッド経営”管理思想は重要な役割を果たすだろうと思う。この考えは私が西藤輝、渡辺智子両氏と≪日本型ハイブリッド経営≫の共著の誕生に繋がった。本著は日本の大学院生、若いビジネスマンを読者として想定し、企業の社会的責任を主題として、コマツの事例を回想しながら未来の経営者へ助言した。
一方、私は子供頃から中国文化に馴染んだ祖父の影響でずっと中国に憧れ、大学で中国語を第二外国語とした。偶然な機会で大卒後コマツに入社し、日中国交回復頃から中国への技術支援の提案や推進、直接投資や社会貢献など、長年日本と中国を繋げようと尽力してきた。

近年大躍進したが尚問題も抱える中国経済の発展の鍵を握るのは、中国の民間企業だ。我われ日本のグローバル民間企業の試行錯誤の歴史はこれら中国の民間企業にとって、教師・反面教師として大いに参考になるはずだ、私はそう考えて「日本型ハイブリッド経営」の中国語編訳版「聚变」を、これら中国の民間企業の経営者、管理者、その予備軍の学生諸子を対象に刊行した。

和華:この2冊の著書やブログに、孫子兵法、中国語の諺や四字熟語がしばしば引用されていて中国文化の影響をはっきり読みとれました。先生は中国文化の影響を受けて良かったとお考えでしょうか?
安崎:日本の中世、近世の文化人の教養のもとは、四書五経、漢詩、唐詩であった。現在の日本の政治家、経済人、軍人に孫子の愛読者も多い。一般的に、日本人は職人文化に優れ、ものづくりの精緻さは天下一品だが、中国人の商人文化には駆け引きで及ばず、また大戦略の立案、実行がやや苦手と言われる。私は子供の頃から三国志が好きだった。社会人になってからも異なる著者の三国志を読み返した。中国、欧米の経済人は戦略思考に優れた人が多いのも事実だ。彼らに負けぬよう、日本式の細部の戦術のみに拘泥することに満足せず、戦略をおろそかにせぬよう意識して勉強した。ドイツのクラウゼヴィッツや孫子は、軍事のみならず、グローバル経済競争に勝ち残る上のヒントに満ちている。私のいう「ハイブリッド経営」はシュンペーターの新結合というイノベーション思想を実行するものだが、孫子の戦略思想に学んだものでもある。
現代の中国人が時々ニヤリとして、「上に政策あれば、下に対策あり」というが、これも私が感心する中国人の知恵である。また、私の座右銘の一つに出処が定かではないが、「苦進楽慎」という造語がある。調子の悪い時は無理しても前に進め!うまく行っている時には逆に用心してかかれ!苦境にめげず、バブルに浮かれるな!という人生訓には何度も救われた。戦国策に「行百里者半九十」(百里を行く者は九十を半ばとす)というよく似た表現もある。最終段階のツメが大事だ、天下が安定しているようなときに危機の芽が生まれている。こういう時こそ用心しろ!とはゴルフのみならず、企業経営のコツでもある。中国文化のお世話になっていることがわかるでしょう。

和華:先ほど、「現役引退という言葉になじまない職業があり芸術家はその最たるものだ」とおっしゃいましたよね。現役引退された安崎先生が今も日中交流“前線”に立ち続け、黙々と和華の強力な礎となっているご立派なお姿から、「日中交流“前線”にも現役引退という言葉はなじまない」と思うようになりました。企業家“老兵”は死なず、消え去るのみ、日中交流先駆者“老兵”は消え去りもしない。安崎先生、どうぞ引き続き和華と一緒に日中交流前線を引退せずにいてください。

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最後に、カナダ中国人読者の紹介ブログのリンクを貼ります▼
民间交流的浪花

—–For Chinese readers below—–以下中文阅读—–

企业家“老兵”不死,只是渐隐去,日中交流先驱者“老兵”不死亦不隐去。

本研究会自2013年7月成立以来,渐渐把活动场所从网上转入现实社会中,到2014年年末为止积极地与其他几个团体横向联合举办了几次日中交流活动。

每场活动都非常活跃并富有意义,特别是不仅留下博文这类电子记录,更制作了优秀出版物「聚变」的上海方出版社的活动。上海出版社用这本书抛砖引玉,成功地把几场交流会办成了盛会。

另外还想特写一笔的是日本方的日中民間交流杂志「和华」。和华是中国留学生在2013年10月创办的季刊,自创刊后得到众多日中友人的支持,到第4号发行时,取得了ISSN,被众多日中交流机构、大学、国立国会图书馆等接受、读者层几乎100%属于草根大众,从一般的工薪族到原首相,颇为广泛。
和华创刊后曾在第2号和第5号两次采访本研究会安崎会長,第5号的访谈录也颇受读者的好评,特收录于此,分享于世。

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和华:让我们立即进入主题,您从小松社长等要职上引退后,现在却活跃在日中交流活动中。您的现役引退是否太早些呢?能介绍一下您现在的一些活动吗?
安崎:“現役引退”这个词不适用于有些职业,艺术家便是最典型的例子。
一般说来,公务员、公司员工都有相应的定年退休制度,围绕组织的高层人员引退也有各种各样的看法。虽说至死不引退的人也了不起,不过就我本人而言,我奉行现役期间竭尽全力,引退后则不追恋过去荣光之主义。我认为这个主义好在以下两点。
1.住友第二代总理事伊庭贞剛(1849~1926)之言“阻碍事业进步发展的最大因素,不是青年的过失,而是老人的跋扈”,我对此深有同感,因此我决意早日从现役引退下来,并坚持不去干扰现役后辈们的工作。
2.我在就任社长前的1990年代初,就在公司内设立了90年代委员会,针对公司在即将到来的21世纪能得以发展,“现今该做什么”而与当时的年轻员工们展开了讨论。当时的我虽为自己不乏理想?智慧?经验而颇感自负,却也有了自己并不年轻,马力不足的实感。这让我认识到,要让事业得以正常运转,老中青的平衡搭配至关重要。一言概之,活用人才,当从混合型经营角度出发寻求各个年龄层力量的最佳平衡点。
再说引退生活,我引退后把自己的能量,时间,金钱划成三等分,分别用于为世界?为他人,为家族,为自己这三方面。也为自己定好了引退生活的目标,那便是不失去对社会的关心,爱护家族,也忠实于自己,快乐地生活。
我对中日关系,故乡德岛,教育等方面的援助便是我为自己定下的“为世界?为他人”范围的活动,这也成了我引退后与社会之间的接点。我对和华的援助,著书在中国的出版都符合我参与促进中日草根交流活动的心愿。

和华:为世界?为他人,为家族,为自己,您这“三等分”式引退生活可说是一种超越了“Win-Win”2W方式,升级为“Win-Win-Win”3W的丰富多彩的生活方式啊 ...接下来的问题是,拜读了您的著作「日本型ハイブリッド経営」以及本著的中文编译版「聚变」之后,想请问您作为经营者引退后开始著书的动机或者目的是什么?
安崎:说来话长…长话短说吧。首先,在全球化大竞争时代发生的安然(Enron Corp)以及雷曼兄弟(Lehman Brothers)事件警醒我们必须对欧美式经营管理中可见端倪的“金融资本主义”以及“利益第一主义”进行必要的修正。我感到“日本式混合型经营”这种融合了东西方文明之精华的企业经营管理思想,将会在这个修正过程中发挥重要的作用。这个想法让我与西藤辉,渡辺智子两位的共著≪日本型ハイブリッド経営≫得以问世。我在本著中假设日本的大学院生,年轻商业人士为读者层,以企业的社会责任为主题,通过回顾小松发展历程中的案例,向未来的企业经营者们展示了我们对于经营跨国企业的一些荐言。
另外,因自小承教于深受中国文化熏陶的祖父,我对中国一直怀有憧憬之情,因此进入大学后便选了中文为第二外语。后来一个偶然的机会让我大学毕业后进入小松,在中日恢复邦交之时便提出并着手推进小松对中国的技术支援业务,其后进而扩展对中国的直接投资以及社会贡献等等事业,在中日经济交流领域中常年奉献了自己的力量。
近年中国经济得以大跃进,却也尚存不少问题,能解决这些问题的估计非中国的民间企业莫属了。我想日本全球化民间企业在先行一步的历程中积累的经验教训对于中国的民间企业而言,作为正反面教材,应该大有其参考价值。这个想法便是「日本型ハイブリッド経営」一书 之中文编译版「聚变」的催生剂。我设想中国民間企业的经营者,管理者及其预备军学子们为本书的读者层,决定将之出版发行了。

和华:在这两本书里以及博文中,孙子兵法,中文成语以及四字惯用熟语常现,显而易见您受中国文化的影响不小。您自己认为受中国文化的影响是否好事?
安崎:中世、近世的日本文化人接受的基础教育是四书五经、汉诗、唐诗。现今日本的政治家、经济人、军人里孙子兵法的爱读者也大有人在。一般说来,日本人长于职人文化,物品制作之精致堪称天下一流,而商人文化方面则不及中国人,另外还不太擅长策划以及实施大战略。我从孩童时代就喜欢三国志,成为社会人后也反复读了不同著者撰写的三国志。中国、欧美确实有很多擅长战略性思考的经济人。不甘心输给他们的我没有拘泥于日本式的具体战术钻研,而是一丝不苟地学习以加强战略性思维能力。德国的卡尔•菲利普•戈特弗里德•冯•克劳塞维茨(Carl Philipp Gottlieb von Clausewitz)和孫子的书赋予我的并非纯军事性知识,更有如何在当今全球化经济竞争中胜出的启示。我所说的「混合型经营」既是对于约瑟夫•熊彼特(Joseph Alois Schumpeter)所谓新结合的创新思想的实践,也受益于孙子兵法的战略思想。
现代中国人时而笑称「上有政策,下有对策」,这也是一种让我感服的中国人的智慧。另外,我有个座右铭,出处不明,是我造的一个词「苦进乐慎」。在不顺之时顶风也要前进!在风调雨顺之时反而要小心从事!不因苦境而沉沦,不因顺利而飘然!许多次我都得救于这个人生训言。战国策也有相似的训言「行百里者半九十」,意为事情到了最终阶段尤其需要坚持到底以求善始善终,倘以为万事大吉而掉以轻心,则极易遭遇前功尽弃的风险。此时正是需要当心之时!这不仅适用于高尔夫,也适用于企业经营。由此可见,于我,接受中国文化获益匪浅。

和华:刚才您说过,「“現役引退”这个词不适用于有些职业,艺术家便是最典型的例子」,您現役引退后一直坚守在日中交流“前线”上,甘为支撑和华的一块默默的强大基石的姿态让我深深认识到,「“現役引退”这个词也不适用于日中交流“前线”!」。企业家“老兵”不死,只是渐隐去,日中交流先驱者“老兵”不死亦不隐去。安崎先生,衷心希望您与和华一起坚守在日中交流前线上,不言退役。

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最后,贴上加拿大华人读者的介绍博文▼
民间交流的浪花

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